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大和心

第1383回 真道問対(本田親徳翁)-5

著者:小山一夫 / 公開日:2026-08-28

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

『序   佐藤卿彦述

「真道問対(シンドウモントウ)」は明治十六年と申す約百年以前に発表されたものであるが、神界に於ける弛(タユ)みない御神霊の活動が、神代から永久不変に行われて居る事の実証を顕わして、霊学研修者のために本田翁が残されたものと拝察いたすものである。

問対の言語は「短」にして「明解」に教示されているのであるが、星霜移り変りして、漢文を難解とする向きもあるので、本書発行に当たり「神意を伺い」訓読みと致し、簡単な解説を集録致したものである。

解説に就いては、本文の単語に含まれる表裏の薀蓄のある意義は筆舌に尽くしがたいものであり、且つ、長文に亘るので差し控えた。帰神術の神法を研修致す際に、必ず問対の意義を伺い、正しい解釈を頂いて本田霊学伝承の役を果たしたく努力致して居る次第である。

問者 副島種臣

対者 本田親徳

以後問を◎印  対を△印

解説 佐藤卿彦』(「顕神本田霊学法典」佐藤卿彦述)

◎天之降民或以為一祖或以為各祖如何。

△天之降民各種各般也。而天之視民一般也。故瞳無貴賤而有貴賤者人之所命也。

◎ 天之民を降(クダ)す、或は以て一祖と為し、或は以て各祖と為すは如何(イカン)。

△ 天之民を降す、各種各般也。而して天之民を視るは、一般也。故に体には貴賤無し。而して貴賤有る者は、人の命ずる所也。

解説

天之民を降す、とは、道の大原(140頁)「天の生民を降すや」と同義で、天(神)が人の祖を誕生させたのは、との意である。その祖は各種(いろいろの種類)各般(さまざま)である。そして「天之民を視るは、一般なり」とは、神の人々を御覧になる見方は、一般的(対象を全体においている様子)である。であるから、人体には貴賤(身分の高いものと低いもの)は無いものである。貴賤が有るのは神の与えたものでなく、人々が自己の心から自由に作り出しているものである。