『序 佐藤卿彦述
「真道問対(シンドウモントウ)」は明治十六年と申す約百年以前に発表されたものであるが、神界に於ける弛(タユ)みない御神霊の活動が、神代から永久不変に行われて居る事の実証を顕わして、霊学研修者のために本田翁が残されたものと拝察いたすものである。
問対の言語は「短」にして「明解」に教示されているのであるが、星霜移り変りして、漢文を難解とする向きもあるので、本書発行に当たり「神意を伺い」訓読みと致し、簡単な解説を集録致したものである。
解説に就いては、本文の単語に含まれる表裏の薀蓄のある意義は筆舌に尽くしがたいものであり、且つ、長文に亘るので差し控えた。帰神術の神法を研修致す際に、必ず問対の意義を伺い、正しい解釈を頂いて本田霊学伝承の役を果たしたく努力致して居る次第である。
問者 副島種臣
対者 本田親徳
以後問を◎印 対を△印
解説 佐藤卿彦』(「顕神本田霊学法典」佐藤卿彦述)


◎大地球無死生而萬物有死生如何。
△本体無死生而末体有存亡也。末体有存亡而子承孫継。猛無存亡。故身体髪膚不可不重。
◎ 大地球は死生無くして、而して万物に死生有るは如何。
△ 本体死生無くして、而して末体に存亡有るなり。末体存亡有れども、すなわち子承け孫継ぐ、猶存亡無きが如し。故に身体髪膚重んぜざるべからず。
神は万体の始祖を造りしより、誰か各祖の形体と同じからぎる者あらん。子承け孫継ぐの理を知れば、則ち我が体は父祖の遺体為り、而して子孫は我が後身たるを知る。四海同胞、神人一系、身体髪膚之重んぜざるべからざる所以なり。唯体なる者は、霊有りて即ち用を為す。而して霊なる者は、自己の力徳の取る所にして、即ち父祖の譲る所に非ざるなり。夫れ身体髪膚を重んずるは万物同じくする所の本情なり本情有りと雖も霊性有らざれば、霊情有らず。故に道義を知らず。道義を知らざれば、死するを善道を守るを知らず。万物の人に及ばざる所以なり。
解説 の大原(132頁)「心を尊び体を卑しむるは善の本。体を貴び心を賤(イヤ)しむるは悪を成すの始なり」の解説に活用してあるが、末体は生成化育の理によって先祖から継承した吾が体は子孫に存続させる責任があることを判然とさせたものである。