一般財団法人 野萩青少年育成財団
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五十にして天命を知る

2022-06-09 著者:小山一夫

原文保存・医学的校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

 

「十有五而志乎學、三十而立、 四十而不惑、
五十而知天命、 六十而耳順、 七十而從心所欲、不踰矩」

これは孔子の言葉です。
書き下しますと次の様になります。


「吾、十有五にて学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。」

実に考えさせられる一文です。
古神道の師も、この「心の欲する所に従って、矩を踰えず」をしばしば引用されておられましたが、ある意味、究極に近い境地を感じます。

私も高齢者世代になりましたが、未だ天命を覚れません。難しいですね。


孔子ですら「三十にして立つ。四十にして惑わず」を経て、ようやく「五十にして天命を知る」に至るわけですから、思いつき程度で、天命などわかる筈がないのかも知れません。

思い込みだけで、天命なるものを勝手に決め付けるのは、賢明なことではないと思います。なぜなら、自らの可能性を限定してしまうからです。


なにが自分の天命なのかは、それをある程度実現できるだけの条件が整った時に、自覚(自ら覚る)するものなのでしょう。

自分の器は自分で決めているんだ、という言葉を思い出します。自立し、惑わなくなった後で天命を覚りませんと、本物ではないということのようです。

 


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