前書き
国民のいない国は、国ではない。私はこの当たり前とも思えることを、国体という言葉の歴史を通して、もう一度考えたい。
昭和二十年、日本は国体護持をめぐって最後まで議論を重ねた。その間にも兵士は死に、都市は焼け、人々の暮らしは失われていった。守ろうとした国体とは、何だったのだろうか。皇統の存続か、天皇の統治権か、軍を含む国家機構か、それとも、天皇と国民が歴史を受け継いで生きる国そのものだったのか。
これらは互いに無関係ではない。しかし、危機に際して何を最優先にするかによって、選ぶ行動は変わる。戦争を終えて国を残すことが護持なのか。それとも、国家の制度を譲らないために、国民の生命をさらに差し出すことが護持なのか。同じ言葉が、相反する判断を支えるところに問題がある。
私は五十年にわたって神道を学んできた。皇統や祭祀、三種の神器が、日本の歴史のなかで持つ意味を軽く見るつもりはない。その重みを感じるからこそ、問いが残る。もし荒廃した国土に神器だけが残り、それを奉じ、祭り、語り継ぐ人々がいなくなったならば、何が受け継がれるのだろうか。
この問いの出発点として、私は会沢正志斎の『新論』を選んだ。そこでは国の由来や尊厳と、民心、衣食、土地、人民、軍備、外国への備えが、切り離されずに論じられている。国が存立しなければ、その国のあり方を保つこともできない。私は、この総合的な視野に学ぶべきものがあると考える。