明治十一年以前の御製
わが国の ためをつくせる ひとびとの
名も武蔵野に とむる玉垣
この御製は天皇陛下が、東京招魂社に御親拝された時に詠まれたものです。
この東京招魂社は、明治天皇の勅令により明治2年に創建されました。
そして戊辰戦争など明治維新の戦死者の英霊7751柱を祀り、その後西南戦争での6971柱も合祀されました。
新政府軍側の戦死者だけが対象となっていますので、かの西郷隆盛翁などは祀られていません。この東京招魂社は明治12年に靖国神社と改称され、現在に至っています。
明治天皇にとって、開国による混乱と諸外国からの圧力に抗する緊迫した時代に、国力を損なう内戦は極力避けたかったはずです。そしてなによりもこれからの日本をつくる多くの若い人たちを失ったことは痛恨の極みだったと思います。
そして明治10年には、最も信頼していた西郷隆盛ら維新の功労者達をも失います。
西郷、江藤らは、いずれも日本の将来を憂いていた愛国者でしたが、政府軍と戦ったために招魂社に合祀されませんでした。でも明治天皇には、彼らも「わが国の ためをつくせる ひとびと」という思いであられたのではないでしょうか。