一般財団法人 野萩青少年育成財団

祓詞を読み解く

先行公開・2026年10月11日

第1回 前書き(1/2)

はじめに 祓いとは何かを問い直す

神社に参拝すると、私たちはよく「祓い」という言葉に出会います。神事の前には修祓が行われ、神職が大麻を振り、祝詞を奏上します。参拝者もまた、手水で手と口を清め、心を整えて神前に進みます。その意味で、祓いは神道において最も身近であり、また最も大切な行いのひとつだと思います。けれども、ここで改めて考えてみたいのです。祓いとは、いったい何なのでしょうか。祝詞を唱えれば、それだけで罪や穢れは祓われるのでしょうか。水で身を清めれば、それだけで心や霊魂まで清められるのでしょうか。

あるいは、祓いとはもっと深いところで、神に通じるための道なのでしょうか。本書では、神社で広く用いられている短い祓詞を手がかりにして、祓いの本質について考えてみたいと思います。私は、既成の神道を否定したいわけではありません。また、神職の方々や神社祭祀を軽んじるつもりもありません。むしろ、長い歴史の中で守られてきた祭式や祝詞には、深い意味があると思っています。ただし、形が大切であるからこそ、その奥にあるものを見失ってはならないとも感じています。祝詞を唱えること、水で清めること、大麻で祓うこと、神前に額ずくこと。それらは、すべて大切な形です。しかし、その形の奥に、神に通じる心と霊の働きがなければ、祓いは形式だけのものになってしまうのではないでしょうか。

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