一般財団法人 野萩青少年育成財団
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頭脳そのものが静まり返ったとき

2022-06-27 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

 

「瞑想は静謐の中で行なわれる運動である。

精神の沈黙こそは本然たる行為のあり方である。

思考から生まれた行為は天真たりえず、それゆえいたずらに混乱を生むだけである。

精神の沈黙は思考から生まれることはなく、精神のざわめきを止めれば生まれるというものでもない。

頭脳そのものが静まり返ったときにはじめて、静謐な精神が生まれるのである。」

「クリシュナムルティの瞑想録」


ヨーガスートラには「心の作用の止滅」が説かれています。

いうまでもなく、ヨーガの全体像から見れば、ヨーガスートラの境地は準備段階にすぎませんが、雑念や妄想がいつまでも無くならない、という方も多いと思います。


それを解決する「コツ」というわけではありませんが、上記のクリシュナムルティの言葉に大きなヒントがあります。


「頭脳そのものが静まり返ったときにはじめて

静謐な精神が生まれるのである。」


雑念がわく時によく行なわれる数息観などは、原理的に見ると、ピントが外れているように感じます。もっとも、天台小止観などによれば数息観は、初心者向けの技法という位置付けです。
ですから、瞑想を始めたばかりの方ならば構いませんが、1〜2ヵ月実践した方には、もはやお奨めできません。数息観などは子供が眠れない時に「羊を数えなさい」と母親が言うのと同じようなものです。羊の変わりに、呼吸を数えることで思考の場を満たします。


集中は、瞑想には不要です。

心の作用の止滅に逆行するからです。
では、どうすればそのような作為によらず、心の作用が止滅し「精神の沈黙」が訪れるのでしょうか。それには、顕教ヨーガに於けるムスビを理解し修得しなければなりません。

 


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