一般財団法人 野萩青少年育成財団
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沈黙の意味

2023-01-30 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

 

『この沈黙は

観察者の体験によって捕捉できるものではない。

そのように体験し認識できたとすれば、

それはもはや沈黙とは言えない。

瞑想のさなかにある精神の沈黙は境界を持たず、

したがってそれは認識の領域にはない。

あるのは沈黙だけであって、

その中では分離の空間は終焉する。』

「クリシュナムルティの瞑想録」平河出版


ヨーガを始めたばかりの頃であれば「集中」も役立つ場合があります。
ですが半年くらい経ったら、もう「集中」を忘れなければなりません。

そして、次は「観察」を心掛けるべきです。
観察は、瞑想のスタートラインだと言ってもいいでしょう。

それは、間違いなく、多くの気づきを与えてくれます。


でも、観察が如何に便利なものだとしても、それを手放さなければ、サマディへのドアは開かれません。なぜなら、観察がある間は、沈黙が訪れないからです。


沈黙とは、言葉を発しないことだけではありません。

思考の沈黙こそが肝要なのです。

沈黙なくして、真我は観えませんし、サマディもありえません。

観察者がいるうちは、心の作用が止滅しないからです。


沈黙が導く純粋観照者は、いかなる観察者とも共存できないのです。


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