2023-04-16 著者:小山一夫
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『それはマントラ、経文、称名を繰り返し何度も何度も唱えている人のようなものだ。
称名を何度も何度も繰り返していると、明らかに起こることは
自分で自分の心を鈍く、愚かにし、その愚かさの中で心が静になるということである』
「いかにして神と出会うか」めるくまーる社
瞑想とはなにか。
実際に取り組んだ方なら、きっと深く考えさせられるテーマのはずです。
瞑想とは、ある意味「神との出会い」だと言ってもいいでしょう。
「神はあらゆるところにいるのか?」との質問に対して、
クリシュナムルティは「あなたは本当に神を見つけたいのか?」と問い返します。
ここに、最初に越えるべき大きなハードルがあります。
もしYESと答えるのならば、それは信仰の放棄に始まり、多くの課題をクリアする必要があります。
『祈り、さまざまなヴィジョンを見、部屋の片隅に姿勢よく坐り、正しく呼吸し、心でいろいろなことをする、こういったことはみな未熟で子供じみている。
瞑想というもののすべての意味を知りたいと本当に願っている人にとっては、
これは何の意味もない。』