一般財団法人 野萩青少年育成財団
記事一覧に戻る

瞑想って難しい?-3

2023-10-15 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

 

ヨーガはとても広い間口と奥行きをもっています。


単なるストレッチやフィットネスのような体操レベルのものから、深いサマディを体験するメディテーションまで、ヨーガと言っても実に様々です。


実際のところ、ヨーガの流派には優劣はありません。

あるとすれば個人の力量の差でしょう。

つまりそれぞれの道をどれだけ深く探求したかが優劣の分かれ目になります。


ところで、ヨーガのアーサナを形だけできるようになったくらいで、指導できるレベルになったと錯覚する人が少なくありませんが、ヨーガはそんなに底の浅いものではありません。
何度か研修を受けた程度でヨーガをマスターできるなら、昔から誰も苦労などしなかったはずです。


たとえば、ヨーガスートラなどを熱心に読むことは悪いことではありませんが、もし暗記するほどに読み込んだとしても、そこに書かれていることをマスターできるわけではありません。

それではハワイのガイドブックを読んだだけで、ハワイに行ったと錯覚するようなものです。


ヨーガの進歩とは、体験と気付きの積み重ねによってもたらされます。
長年ただ汗を流して頑張るだけでもダメですが、わずかな経験と本を読んだだけでマスターできたと錯覚するようでは何とも情けない限りです。


何度か講習会に行って柔道や空手の型を覚えた程度では初段もとれませんし、道場長にも指導者にもなれません。
もしヨーガの指導者になろうとするならば、すくなくとも武道で黒帯をとる位の研鑽を積んで、自らの実力を磨くことが求められます。そしてそれからが真の学びの始まりなのです。教えることによって自らも学ぶ。その意味を痛感するはずです。
 


元記事