2024-09-28 著者:小山一夫
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ヨガと言えば一般にアーサナが注目されますが、ヴェーダやウパニシャッドによると、今から凡そ2800年前から、長きにわたって「ヨガ=瞑想」という認識でした。それはサマディつまり悟りの境地に至ることを目的とした神聖な技術であり、一部の限られた人達だけに独占されていました。
ウパニシャッドとは、学問的には「傍らに坐る」又は「同一化する」という意味ですが、実際には、「傍らに坐って同一化する」と解釈すべきです。なぜならサマディの神気をまとったグルの傍らに坐り、そのエネルギーと同一化する瞑想をするわけですから。それにより霊的な浄化が起こり、真我(霊魂)の輝きが高まり、さらに師のサマディの一部を体験することができるようになります。
そうやって1000年ほど伝承されてきたわけですが、必要な時に常に身近にグルがいるわけではないので、可能なところまでは独習しようということになりました。そのニーズにより生まれたのがヨーガスートラです。ヨーガスートラが真我独存までしか説いていないのは、それが独習の限界だからです。ヨーガのゴールではなく、言わば初心者向けの入門書として書かれたわけですから、それはやむを得ないことだと思います。
サマディには数多くの階層があり、真我独存はその入り口にすぎません。そこから先はグルがいないとどうしようもないので、どんなにウパニシャッドを読んでも、残念ながら、それが説く本格的なサマディには入れません。もちろん奇跡が起きることもあるでしょう。でも恐らくは数百年に一人くらいの確率だと思います。すこし寂しい話になってしまいましたが、真我独存レベルでも、その後の人生が豊かになるのは間違いないと思います。