2024-09-29 著者:小山一夫
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ところで瞑想は、やればやるほどその難しさを痛感しますが、アーサナの上達と(ヨーガスートラの説く)瞑想の上達は、直接的には関係ありません。どんなにアーサナが上手くなっても、それが瞑想に直結しないのは、体を多用するアーサナが密教系だからでしょう。
ヨーガスートラのアーサナから制感までを見ますと、明らかに普段やっているアーサナの世界に逆行しています。それはヨーガに顕教系と密教系があるからです。詳しくは佐保田先生の著書を読まれるといいでしょう。ですので、汗を流してアーサナの練習をしても、真我独存には直結しないわけですが、人間を構成する肉体、精神、霊魂のひとつ、もしくはふたつを整える効果はあると思います。従って無駄にはなりませんので、いずれにせよ汗を流す価値はあると思います。
私事ながら、2年半前から全ての仕事とヨーガの指導を休止して、瞑想修行と古典研究に専念しています。ですが、それでも思うような進歩がみられず、しばしば挫折感に襲われています。50年頑張ってもまだまだです。難しいですね。。。