一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-13

2024-10-25 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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もぐら叩きのゲームならば、たとえモグラが頭を出しても、放っておけば直ぐに穴に戻る。坐禅中の雑念や妄想なども同じことだ。雑念を打ち消そうと頑張るから、延々と戦い続けことになる。だからもうもぐら叩きは止めた方がいい。疲れるだけで何の益もない。雑念や妄想と格闘しているだけで、ひとつも坐禅になっていない。ひとことで言えば、時間の無駄だ。


”でも放っておいたら、頭の中は雑念や妄想だらけになってしまい、それこそ坐禅にならないのでは?”と想う人もいるだろう。確かに、”それでは坐禅が進歩しない”と想って戦いを挑んだのだろうから、そう考えるのも無理はない。だがここで肝腎なのは、まず考え方を改めて、”もぐら叩きをやめる”と決めることだ。そして次に、”マシンの電源を切る”(心の作用を止滅させる)ことだ。このふたつが出来れば、もう何も心配することはない。


ここで、雑念や執着が消え去った状態を想像してみよう。いわゆる身心脱落の境地だが、考えてみるといい。24時間、365日、一切の執着や雑念、煩悩が消えた人間などいるだろうか?外見だけ聖者面して澄ましていても所詮は人間なのだから、そんなのは非現実的な話だと言っていい。だから、身心脱落はあくまでも禅定に入っている時だけの境地であって、一時的なものだと知るべきだ。

 


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