2024-11-26 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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解脱とは、”束縛からの解放”に他ならない。
“個”としての囚(とら)われから脱することこそが、解脱の真義である。
中村博士は、その著書「ウパニシャッドの思想」で次のように述べている。
「一般的には、アートマンを知ることが解脱であるということができる」
このアートマンだが、「ウパニシャッドにおいては『本来の自己』『根源的自己』の意味に術語として使われ、世界の根底である絶対者ブラフマンと同一視されている」
アートマンを知るとは、「ヨーガによって心を統一して自己と万有との合一を身をもって体験することである。抽象的思索ではなく、神秘的体験であったらしい」
「アートマンを知ることが同時にアートマンあるいはブラフマンとなることである」
「アートマンをさとることが、自己の根源であるブラフマンに帰入することなのである」
「ウパニシャッドの中心思想にもとづいていえば、アートマンをさとることがそのまま解脱なのであるから、したがってこの世において、この身体のままで解脱を得るはずである」
言うまでもなく、ここでのブラフマンは偶像崇拝の対象になるような人格神ではない。
古代インドでは、ブラフマンは宇宙の最高原理として位置づけられ、様々な解釈がなされた。たとえばアタルヴァ・ヴェーダでも「支柱(スカンバ)」、「時間(カーラ)」などと説かれている。ところでこの「支柱」だが、これは後で重要な意味を持つのでご記憶頂きたい。