一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-43

2024-11-24 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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ウパニシャッドと原始仏教
では原始仏教の目指した境地とは、具体的に如何なるものだったのだろう?祭儀重視のバラモン教とスタンスが違うのはわかるが、アンチ・バラモンとも言えるウパニシャッドとの関係は?


ヨーガはウパニシャッドの理想を実現するために開発されたものだから、原始仏教との関わりについて精査することは、そのままヨーガと仏教との関係を解き明かすことになるはずだ。


それについて中村博士は、「初期の仏教においては、著しくウパニシャッドの哲学に類似した思想を説いているのであるが、さらに仏教の修行そのものを『アートマンに関する、真実無上の、ブラフマンへ赴く車乗』と呼んでいる。したがってアートマンがブラフマンと合一することが解脱であるというウパニシャッドの思想を一応承認しているのである。」、「初期の仏教における修行とは、真実の自己・本来の自己に復帰することである。」という。


つまり本来の面目(アートマン)を知り、そのアートマンを宇宙の最高原理(ブラフマン)と合一させる、これが仏教本来の目的だったのだ。それは原理や技術の面で、止観や阿含経の「三十七品菩提分法」などをみても明らかだ。


「この三十七品菩提分法、すなはち仏祖の眼睛鼻孔、皮肉骨髄、手足面目なり。仏祖一枚、これを三十七品菩提分法と参学しきたれり。しかあれども一千三百六十九品の公案現成なり、菩提分法なり。坐断すべし脱落すべし。」(正法眼蔵・三十七品菩提分法)

 


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