一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-62

2024-12-13 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第一図 尋牛


序
従来不失、何用追尋
由背覚以成疎、在向塵而遂失
家山漸遠、岐路俄差 
得失熾然、是非鋒起

従来失せず、何ぞ追(つい)尋(じん)を用いん
背(はい)覚(かく)に由(よ)って以(もっ)て疎(そ)と成り、向(こう)塵(じん)に在(あ)って遂(つい)に失す
家(か)山(ざん)漸(ようや)く遠く、岐(き)路(ろ)俄(にわか)に差(たが)う
得失熾(し)然(ねん)として、是非(ぜひ)鋒(ほう)起(き)す

頌
茫茫撥草去追尋
水闊山遙路更深
力尽神疲無処覓
但聞楓樹晩蝉吟

茫々(ぼうぼう)として草を撥(はら)い去って追尋す
水闊(ひろ)く山遙(はる)かにして路(みち)更に深し
力尽き神(しん)疲れて覓(もと)むるに処(ところ)無し
但(た)だ聞く楓(ふう)樹(じゅ)に晩(ばん)蝉(せん)の吟(ぎん)ずることを

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水闊(ひろ)く山遙かにして路(みち)更に深し


川は広く山は遥かで、道はさらに深まる。


仏教では昔から、仏とは崇高な存在であり、解脱は遠い彼方にあるものと考えられてきた。何度も転生して修行し、徳を積み重ねてようやく悟りに至る、と説くわけだ。ジャータカ(本生経)によれば、釈迦ですら解脱に幾世もかかっている。とてもじゃないが、我々凡夫には解脱など遥か遠い夢に思える。だが、真実は違う。釈迦の時代はそうじゃなかった。


スッタニパータには、

「即時に効果の見られる、時を要しない法、すなわち煩悩なき<妄質の消滅>、をわたくしに説示しました。かれに比すべき人はどこにも存在しません。」(「ブッダのことば」)とある。

 

これによれば、釈迦自身は、「即時に効果の見られる、時を要しない法」を指導していたのだ。人生の限られた時間でも解脱できるという彼の教えは、後の輪廻転生思想を寄せ付けず、むしろ根底から覆すものだったはずだ。

 

中村元博士は次のように解説している。

「この文から見ると、ニルヴァーナは即時に体得されると考えていたのである。」
 


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