一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-71

2024-12-22 著者:小山一夫

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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第二図 見跡

序
依経解義、閲教知蹤
明衆器爲一金、体万物為自己
正邪不辨、真偽奚分
未入斯門、権為見跡

経に依(よ)って義を解(げ)し、教を閲(けみ)して蹤(あと)を知る
衆器の一金為(た)ることを明らめ、万物を体(たい)して自己と為(な)す
正邪辯(べん)ぜずんば、真偽奚(なん)ぞ分かたん
未だ斯(こ)の門に入らざれば、権(かり)に見(けん)跡(せき)と為す

頌
水辺林下跡偏多
芳草離披見也麼
縱是深山更深処
遼天鼻孔怎蔵他

水辺林下 跡偏(ひと)えに多し
芳(ほう)草(そう)離披(りひ)たり 見るや也(ま)たいなや
縦(たと)い是れ深山の更に深き処なるも
遼天(りょうてん)の鼻(び)孔(くう)怎(なん)ぞ他(かれ)を蔵(かく)さん
 

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衆器の一金為(た)ることを明らめ、万物を体(たい)して自己と為す


様々な器が同じ金属からできているように、万物もまた自らと同じだと実感する。


楞伽経に「譬えば金の変じて諸々の器物を作るときは、則ち種種の形の顕現する処有るも、金性の変ずるに非ざるが如し」とある。十牛図の「衆器の一金為ることを明らめ」は、この楞伽経の影響を受けている。これは神道の分霊の思想を想起させるし、また大乗涅槃経で「一切衆生は悉く仏性を有する」(一切衆生悉有仏性)と説く仏性説(如来蔵思想)にも通ずるものがある。


この仏性だが、法華経では仏種、勝鬘経では如来蔵と言い方が変わるが、概ね考え方は共通している。先に述べた通り、原始仏教の考え方がウパニシャッド思想と近いことから、仏性についても仏教本来のスタンスだと言えないこともない。この大乗涅槃経の編纂には瑜伽行唯識派が関与したと想われるが、時代的にもヨーガスートラ(4~5世紀)と重なっている。
 


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