2025-02-13 著者:小山一夫
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禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛
序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物
声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず
頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成
黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
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禅のルーツがヨーガに有るのは周知のとおりだが、参考までに、ジニャーナ・ヨーガの技法も紹介しよう。ただしこの技法は、師の傍らに坐って一緒に瞑想する時以外は絶対に許されない。それだけは忘れないで欲しい。(本来は坐禅も端坐参禅が正門であり、原則として独習するものではないとされているので、同じスタンスだが。)
師のプラーナーヤーマによって外部の五気が波立ってきたら、それを自身の体表で受け止めずに、体内へ透過させる。あたかも窓を開け放ち、風が通り過ぎてゆくように。すると、自分の身体が透き通って無形になったような感覚になる。
その時初めて第一段階の身の脱落といえる状態になるわけだが、その後さらにいくつかの過程を経て、全身の感覚が消失してゆく。これがウパニシャッドの瞑想法だ。