一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-130

2025-02-19 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛


序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物

声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず

頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成

黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
 

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①観察から観照へ


そこで具体的な方法だが、まず観照と無為を味わうことから始めよう。

まず観察から観照へ、意識の集中と作為性を無くしていくことがポイントとなる。観察にはターゲットが必要だ。そしてそこに起こる変化を、慎重に追いかけてゆく作業が要求される。他方、観照には特定の対象はない。そして変化の兆しを注意深くキャッチする必要もない。ただ無為をベースに心静かに見守っているだけだ。無為とは作為のないこと。あるがままに従うことだ。
 


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