一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-158

2025-03-19 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第三 見牛


序
従声得入、見処逢源
六根門著著無差、動用中頭頭顕露
水中塩味、色裏膠青
貶上眉毛、但非他物

声より得入(とくにゅう)すれば、見処(けんじょ)源に逢う
六根(ろっこん)門 著々(じゃくじゃく)差(たが)うこと無し、動(どう)用(よう)の中頭々(ずず)顕(けん)露(ろ)す
水中の塩味、色(しき)裏(り)の膠(こう)青(せい)
眉毛(びもう)を貶上(さつじょう)すれば、是れ他物(たもつ)に非ず

頌
黄*枝上一声声日
暖風和岸柳青
只此更無廻避処
森森頭角画難成

黄(こう)*(おう)鶯枝上 一声声
日暖かに風おだやかにして岸柳青し
只此れ更に廻(かい)避(ひ)する処無し
森々たる頭(ず)角(かく) 画(えが)けども成り難し
 

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次は大きさだが、ベースとなるのは生まれながらのもので、後天的にはあまり変化しない。生来の素質というか、度量というか、そのようなものをイメージしてもらえばいいだろう。ただし、前述の輝きが強くなると、元々のベースは然程(さほど)大きくなくとも、それを遥かに上回る輝きを持つことがある。逆に言えば、仮に素質があっても、磨かなければ輝かない(働きが弱い)ということだ。


最後は透明度だ。これは真我の垢(く)染(せん)度合いに関係する。涅槃経にも仏性は垢染するとある。垢というか穢れが多ければ多いほど真我の透明度は低下する。当然輝きも閉ざされ、働きも抑制される。穢れとは、「気枯れる」だ。気が枯れるのだから、働きが低下するのは当然のこと。これを解決するには、穢れを祓うしかない。独力で浄化するのは極めて難しいので、結局は老師の元に参禅するか、師の傍らに坐り瞑想することになる。そして師のまとった禅定(サマディ)の雰囲気(神気)に同一化することで浄化が起こる。
 


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