一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-173

2025-04-03 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第四 得牛


序
久埋郊外、今日逢渠
由境勝以難追、恋芳叢而不已
頑心尚勇、野生猶存
欲得純和、必加鞭撻

久しく郊外に埋もれて今日渠(かれ)に逢う
境(きょう)、勝(すぐ)るに由(よ)って以て追い難し、芳(ほう)叢(そう)を恋(した)うて而も已(や)まず
頑(がん)心(しん)尚(なお)お勇み、野生猶(なお)存す
純(じゅん)和(な)を得んと欲せば必ず鞭(べん)撻(たつ)を加えよ

頌
竭尽精神獲得渠
心強力壮卒難除
有時纔到高原上
又入烟雲深処居

精神を竭(けつ)尽(じん)して渠を獲得す
心強く力壮(さか)んにして卒(にわか)に除き難し
有る時は纔(わず)かに高原の上(ほとり)に到り
又煙雲深き処に入って居(きょ)す
 

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Step-2.露柱懐胎と透体脱落~露柱歩空行への道


禅やジニャーナ・ヨーガの場合、師の傍らに坐ると一体何が違うのだろうか?

師が禅定(サマディ)に入り、その雰囲気(神気)をまとうことで、安定した「場」が作られる。

その時、弟子が中空の竹を懐胎していたら、師の禅定の雰囲気は中空の竹にも流れ込む。

それによって徐々に露柱が形成され、さらに身心脱落に近づいてゆく。

そして弟子の真我(プルシャ)は身体の中府に鎮まってゆき、露柱内の光輝系五気に支えられて安定感が増す。もし同一化(ウパース)が上手くできたら、師のアートマンに引き付けられ、サマディへの離脱を味わうことができるかもしれない。


「万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。」(正法眼蔵・現成公案)。これが師の役割のひとつなのだ。
 


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