一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-215

2025-05-15 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章    第六図 騎牛帰家


序
干戈已罷、得失還空
唱樵子之村歌、吹児童之野曲
身横牛上、目視雲霄
呼喚不回、撈籠不住

干(かん)戈(か)已(すで)に罷(や)み、得失(とくしつ)還(ま)た空(くう)ず
樵(しょう)子(し)の村歌を唱(とな)え、児童の野曲を吹く
身を牛上に横たえ、目に雲(うん)霄(しょう)をみる
呼(こ)喚(かん)すれども回(かえ)らず、撈(ろう)籠(ろう)すれども住(とど)まらず

頌
騎牛迤邐欲還家
羗笛声声送晩霞
一拍一歌無限意
知音何必鼓唇牙

牛に騎(の)って迤邐(いり)として家に還(かえ)らんと欲す
羗(きょう)笛(てき)声声晩(ばん)霞(か)を送る
一拍一歌限り無き意
知(ち)音(いん)は何(なん)ぞ必しも唇(しん)牙(げ)を鼓(こ)せん
 

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道元は23歳で中国に渡り、1年半の間、天童山景徳寺の無際住持に師事する。その後一度離れはしたものの再び景徳寺に戻り、無際老師の後継者である如浄老師に出会う。この出会いは道元にとって運命的なものだった。


如浄は初めて道元に会った時に、”面授(めんじゅ)の法門現(げん)成(じょう)せり”と言ったという。これは真の仏法が今まさに道元に伝わったという意味であり、その場で印可を与えられたようなものだ(正式には後日)。丁度、釈迦と摩訶迦葉の「粘華微笑」のような逸話で禅宗らしい話だとは思うが、やはり”天才は違う!”と感心してしまう。


道元は法の伝承について「一器水瀉一器」(正法眼蔵・行持上)と言っている。

真言宗ではこれを瀉(しゃ)瓶(びょう)というが概ね同じ意味だ。一器水瀉一器とは「釈尊よりの法(仏法・法門)を水にたとえ、それを師匠と弟子の間において一滴も残さず伝え、両者が一体となること。師資契合に於ける嗣法の理想的あり方」(「禅の思想辞典」)をいう。


先の「面授の法門現成せり」だが、道元自身「迦葉尊者したしく世尊の面授を面授せり、心授せり、身授せり、眼授(げんじゅ)せり」(正法眼蔵・面授)と書いているくらいだから、4段階あるうちの最初の伝法だということだろう。

 

面授は傍らに坐ること(参禅と覚悟)、心授は意が通い合うこと(理解と悟)、身授は同一化(ウパース)すること(より深い冥(みょう)合(ごう)体験)、眼授は真我と神我を観ること(純粋観照)だと思う。

 

そして全てが受け継がれるには「投機」が起こらなくてはならない。これは師と弟子の「機(能力、資質、覚など)」が相投じ、相互に感応・冥合(いつのまにか一つになること)して、禅定体験を共有するということだ。
 


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