一般財団法人 野萩青少年育成財団
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禅の十牛図 考-251

2025-06-20 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

禅の十牛図について技術的な側面から解説します。
(「悟りに至る十牛図瞑想法」より)
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第3章 第九図 返本還源


序
本来清浄、不受一塵
観有相之栄枯、処無為之凝寂
不同幻化、豈仮修治
水緑山青、坐観成敗

本来清(しょう)浄(じょう)にして、一(いち)塵(じん)を受けず
有(う)相(そう)の栄(えい)枯(こ)を観じて、無為の凝(ぎょう)寂(じゃく)に処(しょ)す
幻(げん)化(け)に同じからず、豈(あに)に修(しゅ)治(じ)を仮らんや
水緑に山青くして、坐(いながら)にして成敗(せいばい)を観る

頌
返本還源已費功
争如直下若盲聾
庵中不見庵前物
水自茫茫花自紅

本(もと)に返り源(みなもと)に還って已(すで)に功を費(ついや)す
争(いか)でか如(し)らん、直(じき)下(げ)に盲(もう)聾(ろう)の若(ごと)くならんには
庵中に見ず庵前の物
水は自ずから茫茫(ぼうぼう)、花は自ずから紅なり
 

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本(もと)に返り源(みなもと)に還って已(すで)に功を費(ついや)す
争(いか)でか如(し)らん、直(じき)下(げ)に盲(もう)聾(ろう)の若(ごと)くならんには
庵中に見ず庵前の物
水は自ずから茫茫(ぼうぼう)、花は自ずから紅なり

本とは、根本、本覚、本体のこと。返(反)本還源は、天台智顗の「六妙法門」にも出てくる。盲聾とは、眼と耳が不自由なこと。庵とは、草庵、いほり、出家者や隠者の仮住まい。茫々とは、「尋牛」の頌にも登場するが、果てしなく永遠に広がっているさま。

すでに充分な修行を積んで、ようやく根本に立ち返り、根源に還ることができた。眼に映るものや耳に聞こえるものに惑(まど)わされることなく、盲聾のように、無形無声から学ぶことだ。根源の中にいると外のものは眼に入ってこない。形あるものに惑わされることなく、まさに根源そのもの、万物の本質を、ありのままに観照しよう。
 


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