2025-07-26 著者:小山一夫
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ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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鎮魂という言葉があります。
令義解(養老令の官撰注釈書。834年から施行)の神祇官の部によれば「鎮魂は謂る、鎮は安なり、人の陽気を魂という。魂は運なり、いうところは、離遊の運魂を招き身体の中府に鎮む。故にこれを鎮魂という。」とあります。
ここでも鎮める事=安定ということの重要性が説かれています。
この離遊の運魂とは、自らの不安定な魂を指します。
つまり自覚されていない真我と言い換えてもよいでしょう。
古神道に於いては、この鎮魂は、神人合一に不可欠な要素として位置づけられていますが、それ自体がゴールであるとはされておりません。サマディに段階があるのと同じです。
いずれにせよアーサナ修行の目的とは、身体を柔らかくしアクロバットの真似事をすることではないと知るべきです。単なる体操の延長線上ではヨーガスートラの説く「こころを無辺なものへと合一させる」ことはできません。「鎮魂=究極の安定」こそがアーサナの最終形だといってよいでしょう。
ラーマナ・マハーリシ師は次のように結んでいます。
「どこであれ心地よく自然であれば、それが私のアーサナである。ハートのアーサナは平和であり、幸福をもたらす。真我のなかに坐す者にとって他のアーサナは必要ない。」(P263)