一般財団法人 野萩青少年育成財団
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ヨーガスートラ 考-16

2025-07-25 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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アーサナは単に完成形のポーズをとる肉体的な目的だけではなく、それ自体がメディテーションの要素を併せ持つものです。メディテーションつまり内観をサポートする役割を担っているのです。


そして内観から外観にゆき、ついには「観」だけになるのが、凝念から静慮へと進むプロセスに相当するわけです。ここでは自分の中での安定ではなく、空間の中に如何に安定させるかが問われます。緊張がゆるんだ状態とは、まさにそのレベルでなければなりません。

20世紀を代表する聖者の一人、ラーマナ・マハーリシ師の見解は次の通りです。


「アーサナは安定した坐りをつくるためにある。真我以外のどこに、どのように、揺るぎなく住まうことができるというのだろうか?これこそが真のアーサナである。」(「あるがままに」ナチュラルスピリット刊P263)


彼はまた

「ハタ・ヨーガをしないかぎり心を静めることができない者たちにとって、それは役に立つといえよう。」(P263)として、ハタ・ヨーガが必須であるという考え方を否定しています。


ですから、彼の説くアーサナとは単なる身体の使い方ではなく
遥かに深い意味を持った「境涯」を意味しています。

「全世界がその上に揺るぎなくおさまっている土台(アーサナ)、それが真我である。それは真の知識の空間、輝かしい基盤。この知識から逸脱することのない安定を達成すること、それが優れたサマーディのためのアーサナである。」(P263)
 


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