一般財団法人 野萩青少年育成財団
記事一覧に戻る

ヨーガスートラ 考-42

2025-08-20 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
***********************************************

 

  

 

ところで、この三昧ですが(1-42)から(1-51)まででは、全く別の分類が記載されています。


1.有種子三昧
 ①   有尋定
 ②   無尋定
 ③   有伺定
 ④   無伺定
2.無種子三昧


ヨーガスートラでは、心が止滅した後に出現するものとして無種子三昧をあげ(1-51)最も内奥の領域だと位置づけています(3-8)。


「最後に、この真智をも止めてしまった時、一切の心の作用が止まってしまうから、無種子三昧が出現する。」(1-51)
「綜制に属する三部門は、それまでの部門に比べて内的な部門である」(3-7)
「しかし、これとても無種子三昧にとっては外的部門に過ぎない。」(3-8)

綜制とは、凝念・静慮・三昧のことです(3-4)。
三昧にはいくつもの段階があり、それぞれ質の異なるものなのですが、最後に出現すると書かれているのがこの無種子三昧なのです(1-51)。


ここでは綜制に属する三昧を越えたものとして登場しますが、それはヨーガの技術的範疇を超えた境地であるという表明でもあります。なぜならこの無種子三昧は、意図して作り出すものではなく、「出現する」と、あるように、一定の条件が整った時その結果として自発的に「出現」する境地だからです。
 


元記事