一般財団法人 野萩青少年育成財団
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ヨーガスートラ 考-54

2025-09-01 著者:小山一夫

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ヨーガスートラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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ところでインドにおけるタントラ体系(教説、行法、儀礼等)は大小無数に生まれましたが、中でもバラモン系と仏教系の二つが主流となりました。これらは互いに刺激と影響を与え合いながら発達してゆきますが、時代的にはかなり古い話です。

「二~三世紀頃に現れたタントラ的宗教運動は六、七世紀頃になって大いに発達し、インド宗教界を風びするに至り、多くの宗派を生んだ。その後もタントラ思想はバラモン、仏教の両系統の宗教の中で主流の位置を占め、仏教系ではネパール、チベットに入って仏教を代表する思想となり、インドではインド教の中心的思想となって今日に及んでいる。」(「ヨーガの宗教理念」P224)

ヨーガスートラは紀元5世紀頃の作と言われていますが、それが編纂された当時は既に、仏教の中観や唯識、そしてタントラ思想はインドに於いて相当な地位にあったわけです。


ですから、ヨーガスートラの編者であるパタンジャリーは瑜伽唯識論を大成させたアサンガ(無着、紀元310~390年頃)達や、中観のナーガルージュナ(龍樹、紀元150~250年頃)の論説についても相当詳しく知っていたはずです。佐保田博士の言うように仏教の影響を受けているならばなおさらでしょう。


つまり仏教の教理やウパニシャッド、そしてタントラ思想を知った上でヨーガスートラが編纂された、という事実を確認する必要があります。


蛇足ですが、ハタ・ヨーガ・プラディーピガーが16~17世紀の著作であることから、密教ヨーガがその頃になってはじめて技術的に体系化されたと考えがちですが、所作タントラは2~6世紀、行タントラは7世紀前半、瑜伽タントラは7~8世紀無上瑜伽タントラは8~12世紀に確立しているので、技術的な詳細は別として、密教ヨーガもかなり古い時期から行なわれていたと考えるべきだと思います。
 


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