2025-09-23 著者:小山一夫
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ヨーガとタントラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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釈迦が「信仰は悟りの妨げになる」という考え方を持っていたのは、信仰と悟りが共存できない事を知っていたからだと思います。私はこの問題について次の様に考えます。
1.テーブルを挟んで向かい合って座っている貴方に「目を閉じなさい」と言います。
2.次に「貴方の前にりんごを置きました」と告げます。
3.この時貴方が自分の前にりんごがあるかないか判断する手だては2つしかありません。
(1)手で探ってみる
(2)近くに目をあけていると言っている人がいたら
その人に「りんごがあるかないか」を聞く。
4.(1)の場合、リーチの範囲外にあれば確認できません。
(2)の場合、その人が目をあけているかどうか確認できませんし、
仮に開けているとしても嘘をついているかも知れません。
通常、宗教は無形の神仏を盲目的に信仰することを要求しますが、それぞれの神仏はそもそも確認不可能なのです。“目を開けている”という教祖の言葉を信ずるか否か、それだけのことなのです。
目を閉じているから“信仰する(信じる)”必要があるのであって、そこでは確認不可能な神仏を盲目的に受け入れることが要求されます。しかしながらそれでは確認するという目的は永遠に果たされません。