2025-11-16 著者:小山一夫
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ヨーガとタントラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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かつてはヨーガといえば苦行の印象がありました。
この行事ヨーガの句(2-1)の解説にも書かれていますが、苦行は語源がタパスという熱を意味する語であり、実際に身体に火を当てるなどの荒行を意味していたそうです。
さらに博士は「ヨーガでは苦行は、人間の心にひそんでいるけがれを去るのに必要な行事とされている。しかし、ヨーガにとっては、苦行はあくまでも三昧に至るための準備にすぎないのであるから、極端な苦行に耽るヨーギは異端邪道の徒である。」と述べています。
以前私が真言宗醍醐派で修行していた頃、しばしば火生三昧(火渡り修行)を行ないましたが、これなどがタパス本来の行に近いものだったように思います。
火は煩悩を焼き尽くすということで、火生三昧も一種の「火の祓い」と考えられてきましたが、実際には精神集中の一環で、凝念と静慮の鍛錬に役立ちました。
「火生三昧」とはいえども、それ自体が三昧に直結するわけではありませんが、三昧に至るトレーニングとしては大変有効だったと思います。
私は幸い一度も火傷することなく無事でしたが、これは不動三昧という不動明王との入我我入によって「加持された火」と一体化するのを目的としたものでした。
しかしながら火渡り、滝行、断食などの苦行は、凝念と静慮を深める効果はあっても、実際のところ「魄」を強めてしまうため、霊性の浄化に役立つとは思いません。
止観の能力は高まりますので、無駄ということはないのですが、私としては、このような苦行は肉体を痛めることになる為、あまりお勧めできません。