一般財団法人 野萩青少年育成財団
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タントラとヨーガ 考-96

2025-12-20 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

ヨーガとタントラについて技術的な側面から解説します。
(「ヨーガの極意」より)
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スッタニパータの最後の章は、「涅槃に至る章」ではなく「彼岸に至る章」となっています。
もし悟りの境地が涅槃であるなら、何故釈迦は彼岸をゴール(最終章)としたのでしょうか。
涅槃ではなく彼岸でなければならない理由とは?


当時、釈迦はどのような意図で涅槃と彼岸を使い分けていたのか、その答えを突き詰めてゆくことが、
この大パリニッバーナ経を読み解くヒントとなるのです。

「尊い方よ。尊師はいまニルヴァーナに入ってください。幸いな方はニルヴァーナに入ってください。今こそ尊師のお亡くなりになるべき時です。」(36)


このフレーズは大パリニッバーナ経に何度も登場します。
釈迦は既に解脱していたわけですから、ニルヴァーナ=解脱では理屈に合いません。
また、一説には、マウドガリヤーヤナ(目連)も死を予感して、ニルヴァーナ(涅槃)に入る許しを釈迦に求めたといわれています。


つまり原始仏典の編纂された時代には、彼岸と涅槃に明らかな意味の違いがあったと考えられます。
そこで当時の解脱観について検討したいと思います。
 


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