2026-03-15 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
2002-9-7
サトワンシン先生について-その2
サトワンシン先生はバジアン師の指示で来日されたわけだが、2回ほどある団体に請われて指導した為に、そこの要請で日本に来たかのように誤解されてしまった。しかし、事実としては、バジアン師が、自らの意志で日本にクンダリーニ・ヨーガを伝えようと考えられたことに起因する。
サトワンシン先生は最初は星川氏らと共に京都に居られたようだが、その後神戸に本拠を構え指導にあたられた。さらに、東京でも毎月のように講習会を開かれていた。その頃東京では秋山氏が大変熱心に学ばれていて、サトワンシン先生の講習会も彼の尽力によって開催されていた。秋山氏は現在もヨーガを続けられており、定期的にクラスも開いている。私は別のルートからサトワンシン先生と知り合い、神戸に伺うと共に、東京の講習会にも参加させて戴いた。ここでは、一般向けに所謂3HOパターンの指導が行なわれていた。
3HOパターンというのは、米国式のシーク教をベースとした指導であり、音楽的な雰囲気でクラスが締めくくられる。それはそれで中々楽しいものであり、サトワンシン先生がシーク教をやめるまで4~5年間続いた。
クンダリーニ・ヨーガとシーク教の組み合わせは、バジアン流かといえばそうだと言えよう。後日師に直接伺った所、必ずしも信仰は必要とはしないといわれたが、一般には頭にターバンを巻き、菜食主義で割と禁欲的なイメージが持たれている。私も神戸の町をターバン姿で歩いていたら、英語で道を聞かれた。それゆえ、日本で3HOスタイルをそのまま普及させるのは難易度が高いと思った。
バジアン先生はヨーガと宗教について次の様に述べている。("Teachings of Yogi Bhajan")
Is yoga a religion?
It is and it is not.
In religion you have to belive something and in yoga you have to experience what you want to belive.
既にこの本を読んでいた私はバジアン師に次のような質問をしたことがある。
「釈迦は信仰を捨てなければ悟りには至らないといっています。もし仮に信仰を伴うヨーガから入っていっても、いずれヨーガの至高体験によって信仰する対象が自然消滅し、結果として宗教を超えるのではないでしょうか?ならば最初から信仰を持たなくとも同じことではないでしょうか?」と。
バジアン師曰く、
「ヨーガの至高体験は所謂宗教的信仰の範疇を超える。大事なのは単なる盲目的信仰よりもヨーガによって体験を積み重ねてゆくことだ。だが、暗闇に迷う人たちには灯台の光は大いに役立つことだろう。信仰が正しい道を彼方に指し示すことができれば、それは大変意味がある事だと言えよう。」
「ヨーガに求められるのは、自己実現に至るための体験と発見の積み重ねだ。」