一般財団法人 野萩青少年育成財団
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2002年の日記から―13

2026-03-13 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

2002-9-3
ヨギ・バジアン先生


先生のお名前は次の通り。
Siri Singh Sahib Bhai Sahib Harbhajan Singh Khalsa Yogiji


私たちは親しみを込めて、ヨギジと呼んでいる。

Yogi Bhajanと書くときには恐らく、ヨーギ・バジャンとカタカナ表記するのが適切なのだろうが、昔からバジアン先生といっていたのでついついそう言ってしまう。本当の発音は多分パンジャブ語かグルムキ語で難しいだろうからまあよしとしよう。


先生は2メートル近い大男でレスラーのような堂々たる体格の持ち主だ。
一説には若い頃、槍投げのオリンピック選手だったという話もあるが、定かではない。


先日先生から戴いた手紙を探した所、3通しか見つからなかった。

度々引越しをしたため、残念なことに何処かに紛れてしまった様だ。


普通、30万人以上も弟子がいれば、いちいち先生が自分で手紙の返事など書くことはないと思うが、先生は御自分で全て眼を通し、返信は口述内容を秘書にタイプさせ自筆で署名していたらしい。あれほど忙しい方なのに普通なら中々できることではないと思う。


3通の内の1つは秘書からだった。

かい摘んで言えば、先生が指導の為に地元を離れたので代わりに返事を書いたとの事。この時は丁度来日前の頃で、かつ葉書だったから、秘書が多分気を利かせたのだろう。


かって来日の折、広尾のバトン米国公使官邸に滞在された際、何度か深夜1~2時頃までご指導とお話をいただいた。先生も年齢的に全盛期だったのだろう。社会文化会館で講習会を開いたその晩は、確か3時過ぎまでリビングでご一緒させてもらった。同行された秘書の方によればとても珍しいことなのだそうだ。沢山の受講者に指導した後なのに、疲れた素振りも見せず、様々な訓話やシャクティ・パッドなどのご指導を戴いた。私の人生でも数少ない貴重な体験だった。


また日中に特別に個人指導を受ける機会もあった。
先生の前に座り、対面でメディテーションした時のこと。先生の存在そのものが特殊な「場」を作り出すかのように、私は強烈なヴァイブレーションに包まれていた。何分たったかわからないが、或る「強烈かつ稀有な体験」を味わった。そしてゆっくりと眼を開けると、先生が暖かな眼差しで頷きながら微笑んでいた。私はその時、自分のメディテーションが明らかに格段の進歩を遂げたのを確信した。


後に先生の体験記を読んだ時、とても似通っていたので成る程と思ったが、なによりも先生ご自身がその場で私の内的体験を全て看透されていたのには驚くしかなかった。


禅の言葉で、「拈華微笑」というのがある。
まさに、そのものズバリだった。私にとっては将来を左右する得難い体験だった。えも知れぬ喜びに私の瞳は涙で潤んでいた。

その後暫くしてから、先生よりヨガネームを戴いた。
Siri Ved Singh という名前の授与と共にバジアン師曰く、


You have been blessed to live as Siri Ved,which means one who is from the great fountain of knowledge.
Meditate on your spiritual name,and you will develop a deep understanding of your destiny and path in life.


バジアン師が来日した際に、私を含め何人かの方が自分の未来について尋ねた。先生はひとりづつに微笑みながら、それぞれ貴方はこういう人生を歩むだろうと答えられた。私は今まさにその予言のプロセスの途上であると感じている。
 
 


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