一般財団法人 野萩青少年育成財団
記事一覧に戻る

2003年の日記から―74

2026-05-13 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

2003-2-3
タントリック・ヨーガ-8 性瑜伽の導入-6


これまで性瑜伽という言葉を使ってきたが、ここでそのルーツについて触れてみたい。
まず初めに確認しておくべきは、性瑜伽はインド・チベット密教の専属というわけではないということだ。ヒンドゥー、仏教のみならずより禁欲的なジャイナ教にまでタントリズムは導入されている。当時のインドに於いてタントリズムは既に相当広く社会に浸透していたことは間違いない。9世紀のシヴァ派の学者アビナヴァグプタは多くのタントラ系著作を残しているが、それらには相当量のタントラの引用がある。つまり彼以前に既にタントリズムは様々な形で成立していたわけだ。


この様に、性瑜伽が様々な宗教に導入された事実を見ると、特定の宗教に於いてその技術が生み出されたと考えるのは妥当ではない。初めに色のつかない形での技法体系があったと考えた方が自然である。これはヨーガについても同様だ。

 

佐保田鶴治博士は、ヨーガ根本経典の中で、「ヨーガの元素は世界中の宗教の中に散在していた」と書いているし、「ヨーガという名称をもったひとつの行法のシステムが成立したのはブッダによって仏教が開かれるよりも1~2世紀以前であった」、「ブッダやジャイナ教の開祖のマハーヴィーラは非バラモン系のサマナ(沙門)の道統に所属しておられたのですから、バラモン系に属するヨーガとは道統を異にしています。」と主張されている。

 

つまりヨーガもまた、特定の宗教がその思想を元にして生み出したものではないと考えられる。むしろ、ヨーガの根本かつ究極は、生起次第や究竟次第の中にその痕跡が残されているように、「入我我入観」の具体的な方法論であった可能性が高い。

 

それはデルフィのアポロンの神託、古事記・日本書紀の神懸りなどに見られるような「宇宙・大自然・神々等との合一方法」に通ずるものであり、技術的には道家や古神道に共通する部分も多い。つまりタントリック・ヨーガの3つの要素が、ヨーガのスタートだったのではないだろうか。(ホワイト・タントリック・ヨーガはまさにこの「入我我入観」そのものである。)
 


元記事