2026-05-10 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
2003-2-2
タントリック・ヨーガ-7 性瑜伽の導入-2
先に、インド仏教が生き残りをかけてやむなく性瑜伽の過激な技法を取り入れたと書いたが、これは経済の世界と同じだ。4世紀頃のインドでは、大衆に人気の高いヒンドゥーの影響で、仏教は宗勢も息絶え絶えだったが、それは信徒数の減少と共に、経済的な困窮も意味していた。
仏教は富裕層の支援もあって、都市型のインテリ階層に支持者が多かったが、異民族の侵入と東西交易の退潮は仏教のパトロンともいえる富裕層の没落をもたらし、仏教それ自体の在り方の問題もあって、仏教の衰退を加速させていった。
一方ヒンドゥーは経済的にも向上の途にあった農村や一般庶民階級に支持基盤を広く持っていたため、仏教とは異なり、堅実に勢力を伸ばしていた。そこで仏教側としては、まずヒンドゥーの良い部分を習合してゆく方法、つまり一般受けのする部分を取り入れたり、真似たりしようと試みた。
此れと同様のことは、布教活動に苦労した中国や日本でも盛んに行なわれたのである意味定番的な手法なのかもしれない。(お蔭で釈迦本来の仏教の姿とは原理原則の部分から似ても似つかないものに変容してゆくが)結局、インド仏教は教義的な妥協と、儀式の呪術化、ヒンドゥーの神々との習合、戒律の簡素化、大衆への布教等の努力によってついに所謂密教の段階へと突入して行く事になったわけだが、産みの苦しみは表面的な改変以上に大きかった。ここでもう一度仏教史を見てみよう。