2026-06-20 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
2003-6-2
孫禄堂老師・ 明・暗・化勁と丹道の三層-1
『形意拳術において第一層は明勁である。これを練精化気という。丹道の修練では「武火」の段階にあたる。
第二層は暗勁である。これを練気化神という。丹道では「文火」(=柔らかな火加減)の段階である。
第三層は化勁である。これを練神還虚という。丹道中の「火候純」(=純度最高の火加減)である。火候、純にして内外一気が成るのである。
さらに練れば無勁、無火となる。これを練虚合道という。ここに至れば行止座臥、一言一黙、往けば道に合わないものはない。「拳経」にいう、「拳は無拳、意は無意、無意の中、これぞ真意なり」と。この段階に達して無声無臭の徳が至るのである。
先人の詩にいう、
「道はもと自然の一気の遊したるなり
空空静静として最も求めがたし
得来れば万法は皆無用
身形応じることまさに水の流れるに似たり」と。』(「きみはもう『拳意述真』を読んだか」P165より)
この第13則について、この本の解説は僅か7行、すっきりさせる為に、「明・暗・化勁に武・文・無火を対置させたい」としているが、やはり孫禄堂老師のいうようにここは4段階に考えた方がいいと思う。
第一層 明勁 練精化気 武火
第二層 暗勁 練気化神 文火
第三層 化勁 練神還虚 火候純 火候、純にして内外一気が成る
再練 無勁 練虚合道 無火 行止座臥、一言一黙、往けば道に合わないものはない。
笠尾氏によれば、「化勁とは無に帰す段階」だから無勁と化勁は同一でよいとの事だが、化勁とは無勁に至る過程であって無勁そのものではないと思う。それに火候純とは極めて純粋な火候という意味であり、是もまた無火とは異なるものだ。まして練神還虚と練虚合道は全く異なるレベルである。そのような理由から私は「明・暗・化勁に武・文・無火を対置」させるのはいかがかと思う。