2026-06-15 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
2003-5-27
三層の呼吸(郭雲深)-2
昨日の表の中で第三層に「神化の妙用」と書いた。
「きみはもう『拳意述真』を読んだか」の著者、笠尾恭二氏はここの説明で「化勁」という言葉を持ち出しているが、私は敢えて化勁という言葉を使わなかった。何故ならば、孫禄堂老師ご自身が、文中で「化勁」という語句を使われていないからだ。当時武術の世界でまだ化勁という語句が全く使われていないのならばなんら問題はないが、第四章の第1則に於いて、3種の練法として明勁、暗勁と並んで化勁を持ち出している。私は孫禄堂老師が、何故「三層の呼吸」で化勁という語句を使わなかったのか、そこに何らかの意味があるのではないかと推察する。
つまりここでのテーマは呼吸であり、力の使い方を説いているわけではないのだ。呼吸を使った力の生み出し方に三層有ると孫禄堂老師は説明しているのだろう。作り出した力の「使い方」ではなく、呼吸による力の「生み出し方」なのだ。だから、老師は「拳術修練における第三層の呼吸とは、上述両層の意とまた異なってくる。」と敢えて言分けているのだろう。化勁でよいのならば、ただ「第三層は化勁であり」と書けばよいのだ。
実際に発勁の練習をやってゆくとわかるが、最初は呼吸を乗せながら発勁を打つ練習をする。これが何とか出来る様になると、次は呼吸を使わずに腹圧の活用だけで打てるように修練する。
傍で見ていると、第一段階は、息を吐いたり吸ったりするから(発声する場合も含む)何をやっているのかわかりやすい。だから明勁だといってよいだろう。第2段階は、周囲に呼吸を見せないで、腹圧だけの活用、つまり体内操作だけで発勁を打つわけだから、暗勁といってよい。まさに孫禄堂老師の言う通りだ。そして問題の第3段階だが、ここでは発勁の連打を練習する。連打を行なう場合に、いちいち呼吸を使ったり、特殊な発声をしたり、腹圧を活用していたら、素早い疾風のような連続攻撃を実現できないのは言うまでもないだろう。そこで求められるのがこの第三層の呼吸なのだ。つまり、外呼吸や発声、腹圧などの弾みに随伴させることなく、まさに「意のまま」に自在に発勁を打てなければ、現実に試合に役立てることなど出来ない。
この「呼吸の三層」は、まさしく発勁に必要な力を生みだす技法の進化段階を説明している。机上論から実戦に至るまでの呼吸の要訣がなんとも明快に語られているといってよい。郭雲深老師と孫禄堂老師の拳術の深さと同時にその文学性の高さにも感動を覚える。