一般財団法人 野萩青少年育成財団
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2003年の日記から―109

2026-06-26 著者:小山一夫

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昔書いた日記からいくつかアップします。

 


2003-6-12
説文解字


紀元前3世紀に秦が中国を統一すると、字体統一の運動がおこり、丞相の李斯、趙高、胡母敬らは全国に奏の書体を広め、これに合わないものを駆逐しょうとした。これが「説文解字」の基本体となっている篆(てん)書であって、その秦代の遺物は瑯邪台の刻石である。しかし、実用文字として篆書よりもいっそう簡略な隷書が普及した。漢代にもおもに隷書が行なわれ、経書もこれで書かれていた。この書体を当代文字という意味で、今文という。これに対し、もとの孔子の家から出た「経書」は戦国時代東方系の書体であったので、これを古文という。漢代にはこのほかに流麗な草書があり、これを後の草書と区別して章草という。漢代に中国文化が大いに発展し、文字の使用が多面的になると、文字・言語の研究をうながすことになった。そして、ついに後漢の許慎が「説文解字」を著わして(AD100年頃)、文字成立の根拠を学問的に確立した。


「説文解字」には、なんと9353字が収録されている。さらに異体の文字を含めると、10516字にのぼる。
紀元2世紀の中国の文化水準は世界でもトップと言ってよいだろう。中国の辞典としては、紀元前1世紀頃に「璽雅(じが)」という書が最初だが、これは経書を読むための参考書としてかかれたと思われる。蛇足だが、18世紀に編纂された「康熙(こうき)辞典」など47035字を収録している。我々は恋愛と言う熟語を普通に使っているが、恋と愛を別々の概念として文字で表記しているのは、漢字以外ではスエーデン語しかないと聞いた事がある。メンタリティの深さと言うか、文化の奥行の深さと言うか、それは文字表現に密接に関わっていると私は考えている。その意味で、紀元前に是だけの文化的大事業を成し遂げた中国文明の偉大さに敬服する次第。


さて本題に入るが、この「説文解字」について私が知った切っ掛けは中学生時代に読んだ宗道臣先生の「秘伝少林寺拳法」だった。その中で、「武」という文字の意味について、「弋(ヨク)を止める」つまり防衛的・平和的な意味合いが込められていると説明されていた。その際に、開祖は論拠としてこの「説文解字」を引用されていた。どうしても自分の目で確認したかった私は書店や図書館などを探したが、なかなかこの書を見つけることが出来なかった。結局かなり後になって例の「日本神武開国新考」と共に入手することが出来たが、積年の願いが叶ってとても嬉しかった。


ある方は、武術とは単に人を倒す又は殺す技術であり、武道とは「道」であり武を通して人生を学ぶもの、と言っていたが、語源的には、もともとこの様に「武」という字自体が、防衛的・平和的な意味であるのだから、その様な考え方はあまり適当とはいえない。


術とは技術と言うように技に通じ、道は道徳に通じると言ってもよいだろう。なぜか中国では武道とはいわずに武術という語句を用いているが、恐らくは武道という語句はとかく何にでも「道」を付けたがる日本人の好みの所産なのだろう。


先に、恋と愛の違いについて書いたが、文字が異なるということは必ず意味も異なると考えた方がいい。完全に同じであるならば、別々の文字である必要はないからだ。そう考えた時、「武火」と「武息」、「力」と「勁」の違い等についても同様の事が言える。 


この力と勁の違いについては、「説文解字」の説明が実に明快だが、これは後世になって武術の名人達にも一部採用されている考え方である。


<注>弋とは当初木製の農具だったが、後に武器として使用された。 
 


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