一般財団法人 野萩青少年育成財団
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釈迦の悟り―2

2026-07-10 著者:小山一夫

原文保存・内容校閲前/画像は元サイトから読み込みます。

昔書いた日記からいくつかアップします。

 

 

「ラリタヴィスタラ」(方広大荘厳経)の解脱論

この経典は大乗仏典の中では最古層に属するものです。
故にインドでは標準的な仏典として、釈迦の生涯を知るために先ず読むべき経典だとされてきました。


ここで釈迦は、「樹下観耕の説話」として有名な禅定体験をします。
まだ太子時代の出家する前の段階で、既に第四禅をクリアしていた事に留意下さい。第四禅が特別であり、そこが涅槃の入り口であるならば、釈迦は出家前にそのレベルに到達していた事になります。ここのところが大事なポイントなのです。

その後、釈迦は出家し、アーラーラカーラーマとウドラカラーマプトラという二人の仙人について更なるレベルの修行をしました。ここで釈迦は、無所有処定、非想非非想定を成就したとされています。


しかし、釈迦はそれに満足せずに、ウルヴィルヴァーの森で6年間の苦行に入ります。そこでは菩薩ですら成就できなかったというアースパーナカ・サーマディという禅定を得ます。これは、第四禅を達成した後で、出入の呼吸を制御し、完全に呼吸を滅するというものでした。しかし釈迦はそれでも悟りには至りませんでした。そして愈愈ブッタガヤへ赴きます。そこで釈迦は第四禅まで修し、そこで真理を観察しました。後世、「十二因縁の順観と逆観」といわれる観察によって成仏したと説かれています。


果して悟りとは、観察によって得られるものなのでしょうか。
次に、中観派の第一人者であるナーガルージュナの「大般若経」の注釈書である「大智度論」を検討したいと思います。

「第四禅の中において起こって無余涅槃に入ればなり。」
「初禅は火に焼かれ、二禅は水の及ぶ所、三禅は風の至る所なるも、
四禅はこの三つの患なく、出入の息なく、念を捨てて清浄なり。
これを以っての故に王三昧は応に第四禅の中にあるべし。」

この経典では、つまり一切の諸仏は第四禅において、悟りを開き、寿命を得て、涅槃に入ると明確に説いています。ならば、色界だけの修行でよいと言うのでしょうか。
無色界の悟りは色界に及ばないのでしょうか。
釈迦は6年間麻麦の行をする必要はなかったというのでしょうか。
次項では倶捨論を検討します。
 


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