2026-07-12 著者:小山一夫
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昔書いた日記からいくつかアップします。
彼岸と涅槃の相違点
私は、別項で次のように書きました。
「釈迦の弟子であった舎利子や目連は、亡くなる前に釈迦の元へ行き、『涅槃』に入る許しを乞うたとされています。
スッタニパータの最終章は涅槃ではなく、『彼岸に至る道の章』です。
大悟がすなはち涅槃であるならば、何故いちいち釈迦の『許可』を得なければならないのでしょうか?
また、大パリニッバーナ経でも釈迦にとっては『ニルバーナ=死』でした。
私は、そこに彼岸と涅槃の意味の相違を見ています。」
大パリニッバーナ経には、釈迦の入滅に至る過程が詳しくかかれています。
この経典はスッタニパータと並び最も古い経典の一つであり、釈迦の悟りについてかなり詳しい記述があります。
そこでは明らかに彼岸と涅槃を区別しています。
私は、「彼岸=絶対光との合一・部分的融合」、「涅槃=絶対光との完全なる融合」との解釈を体験的に採用しています。彼岸を達成する事によって、生と死の束縛から離れ、涅槃を達成する事で、聖なる帰還を果たします。