無著はインドの大乗仏教の一派である唯識派の学者です。
本名はアサンガといい、310 年~390 年頃の人物であると言われています。
西北インドのガンダーラ国にバラモンの子として生まれました。
彼は若くして出家し瞑想による欲望からの離脱法を学びました。
しかし中観の「空」を体得できないことに悩んで自殺しようとした時にビデーハ国の阿羅漢であるピンドラに出会い「空」を会得しました。
でも彼はこれに満足できず、インド中部のアヨーディヤに赴いて当時もっとも厳しいとされた瑜伽行に取り組んだといわれています。
そして修行の末、マイトレーヤ(弥勒菩薩)から「瑜伽師地論」を授けられ彼がその解説をすることになりました。唯識思想はここに始まります。
その後、弟の世親とともにこの唯識思想を完成させてゆきました。
「瑜伽師地論」の漢訳は唐の玄奘三蔵によりますが瑜伽つまりヨーガの修行法や悟りの境地などを説きながら瑜伽唯識論を展開してゆく内容となっています。
この経典は後に密教の理論的支柱のひとつとなりますが密教については、2世紀から所作タントラ系の経典がすでに世に出ています。
パタンジャリのヨーガスートラは5世紀の作ですのでそれを遡ること300年前に、すでにタントラ系のスートラがいくつも成立し理論的にも深く煮詰められていたことになります。
ヴェーダの思想に対抗してウパニシャッド思想が展開されましたがそれは紀元前8世紀のことですので、経典成立順序としてはヴェーダ、ウパニシャッド、タントラ経典、そしてヨーガスートラの順になります。
もちろんヨーガスートラは、紀元前2世紀頃に始まるサーンキャ・ヨーガという流派のテキストを元にして5世紀頃に編纂されたものです。
ですからパタンジャリは作者というよりも編者ということになりますのでタントラ経典とどちらの成立時期が古いかを論ずるのは余り適切ではないかもしれませんが。
私はヨーガとタントラに関して、その技法的側面から個のムスビをヨーガ、個と全体とのムスビをタントラと解釈しています。
個のムスビができなければ、その先もないわけですが全体とのムスビを達成する為に個のムスビが必要になった、という考え方もできますので、そのあたりの順序もまた微妙なところです。