ある人が成功したと云ふ、確かにその通りであろふ。
が、何で成功したのだ。
その事業に着想が良かったのか、手段が良かったのか、時代が幸ひしたか、協力者に力が有ったのではないか、それとも、その人の才能がか、その人の態度が他人の援助を得たのではないか、或はその人の過去の業績が衆人の支持を得たか、それを良く見極めなければならぬ。
その人は自ら反省してその成功の原因をはつきり掴んでいないと、その成功を維持出来ない。
或る人は、土地の値上がりで大金が手に這入った。自らは先見の明が有る様に思って自負して居るのであるが、土地の値上がりはその人に関係ないものであろふ。
そのひとは先見の明を誇り乍ら、今では何の事業にも失敗して終わって居るし、或る人は強い協力者の存在に依って成功し乍ら、成功すると、自分の才能を天狗の鼻に掛け、俺が俺がと威張ったものだから、何時の間にか協力者の突張り棒がはづされて、急転直下。そして私は運が悪るいと云って来ました。
確かに「はこび」が悪るいに相違ない。
