毎日毎日を立派に生きること、立派とは別に人に褒めて貰らふ事ではない。
自分の支度い事をやるだけだと考へて、五分の時間も惜しい、そのくせ原稿を入れてある袋には、急ぐな、ゆっくりやれ‼︎と書いてある、いよいよ数へ五十才になつたんだから、泡を食って急げは良いのに"俺の奴"妙にゆっくり構えて終っている、
二十代の頃はアレコレアレコレと猫の子の様にバッタやカナゲチヨに跳び付く様にいろいろやってみては、急いで飽きて 三日坊主と云はれたが、こんなに落付くのは「いよいよやり直しがきかぬぞ」と気が付いたらしい、仕方がないから、毎日コツコツ今までの勉強したまのを整理して、又これから読む予定の本も山程の量だ、オマンマの為に働かねばならぬし。
此の前、三十才の青年が来た。
「お勧めの役所には、停年があるでせふね」「ええ停年までまだ二十五年あります」とさ、バカメ‼︎五十五になつて、尚ほ活気のある人間なら、英雄である。お勧め中の活動もきつと大したものだろふが、その様な英雄なら何で停年までくっついているものか、
大概は「私は停年になりました」で心の中を大きな斧で切られた様な、ぼんやりしている。
六十になつてから、私は何をしたら良いでせふか?今更考へてみるにこれと云って経験もまとまっていない、研究も持つていない、知友もない、応援者もない、いよいよこれからだ、俺はこれをやるぞ と立ち上れない、それでは、六十年を無駄に通した事になる。それなら退職して、独自の仕事を初めるか、先づ四十才前でなければ遅い。一回失敗して再スタートと考へてなら三十五才で初めねばなるまい、三十五才で初めるならば三十才の現在その研究の最中でなければなるまい、まだ二十五年もあります、嗚呼、くたびれることではある‼︎
