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「炬」おしゃべり 乞食のこと-2

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2024-02-10

 

俺は乞食だから 食へるものを呉れと 米や麦の施與すら断った乞食が大和の国に居たと云ふ。そしてその乞食は 與えられた其の場で食べて立ち去ったと云ふ。人々から可愛がられ、人気があったらしい。

 

残酷物語の中に、天下様とあだなされた乞食が書いてある。

お店の前に立って、オーオー、随分集まったな、みんな、これは俺がのじや とニコニコしている。農家へ行って、収穫の中に這入って、オーオーずい分集めたな、みんな俺がのじや、すると妙に憎くめなくなって 何かしら与えると、鷹揚に受け取って、ウム、一応納めておこうか なのだ。だから天下様である。


乞食もここまでなると大したものである。

コチョコチョした常人よりずっと「上物」である。


春、花見の山、茶店先には色の美くしい草だんごや桜餅が並ぶ。

ある時乞食が来て、金を出して売れと云ふ。
 

売られないと断はると、金を出しているんだ、売り手買ひ手だ、何故売らぬ と大聲で怒鳴る。茶店のおやじが出て来て、此奴め! キサマの様な奴には売れぬ、この、だんごはな、まともに働いて、まともに遊びに来なさるお人にお売り申す為のものじゃわい。金が有っても お前には買ふ徳がないわい と怒鳴ったとか、これは、乞食では下の下で、貧乏人と云ふものである。「火食せず」これは立派な生活方式である。徹底したら聖人とも云ふ可きであろふ。
 

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