絵書きさんは、此処では最高の指導的な立場を、いつの間にか持って終っているのである。
素人達の中の唯一の芸術家だと云ふので、自然的にそうなっている。
その人が手を加へてくれたのだからとの遠慮からか、奥さんはそれをそのままにしたので中途半端の妙なものが出来上って終った。
ヤレヤレ世の中も萬事こんなものさ。
さっきの、あの形でこそ、あの細君の素朴な心の動きがそのまま粘土の動きと一致して現はれたもの、本人はそれで満足しやふとして居たに相違ない
何の作意も加へられず技巧もなく只、無心に懸命に楽しんでいて、その「創造し、創造」される人と土の心とが一致して土の色にらさへ、そのよろこびが見えて居たではないか。
遇成‼︎これで良いのだ、
無心に夢中になって生きる、他人から見たら、下手でも良い、そのままで良いのだ、
他人の意見や智恵が、技巧が加はったらもふ自分の人生ではなくなる。
「遇成」こそ珍重すべきである。
