随分余談になりましたが、兎に角、親でも、子供を自由に出来ぬのは此の一奌、性命なのです。その性命は、学問躾で左右することは出来ません。立派な牧師さんの伜が変態殺人をしたのも、有名な首相をした人の伜が酒と女でべにべにになるのも、皆性命然しこんな悪るい性命の持主でも、別に、よい性命を持ってゐないとは申されませんし、或は生涯境遇のカラがそんな悪るい性命ばかりを助長して終ったのかも知れません、
子供の性命を正しく知ってやる事こそ、「親の愛情」なのですが、そこで仲々むづかしい。世間並にそれ学間、それ財力と云っても前に申しました通り、子供の性命にとっては「迷惑の時があるんです。子供は、親の愛情に決して反抗するのではありませんが、自分の性命に納得するものを求め、掴み切れずに、四囲に噛み付くのです。
そんな時、「お前の性命の求めるのはこれだぞ」とぽんと握らせる兩親、そうする為には、先づ、殻を薄くて制御せずに、どう云ふ風に動く、何を求めてゐるか觀察してやることが大切です。
