佛教哲学の完成は釋迦の死後、第一結集第二、第三結集があり、其の頃から、小乗佛教に対して大乗佛教が興って末、能樹菩薩や世親等の立派な佛教哲学者に依って、一大佛教思想体系が形造られる頃には、種子燻習説が出来上ってゐたのであります、
この体系の説明には私の云ふ「性命」はありませんが第八阿羅識として、人間の第五感(肉体で感ずるもの)第六感(直感)よりもっともっと深い働きをするものとして、この第八阿羅耶識を論じてゐるものであります。
種子燻習説は、こんな形が現はれて来ました。法華経の中にも、他のあらゆる経典の中にも現はれるのでありますが、釋迦の言葉として、「私は過去世過去生三千阿僧ギ却の永い間、生れ生れして居る間、佛を讃嘆供養して来たから、今佛として生れて来たのである。」と云のです、生れ次ぎ生れ継いで居る永い間、少しづつでも積集した「佛徳」が、今斯くなったのだと云ふことは、種子燻習説なのであります。
