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「炬」おしゃべり  『性命』と云ふこと 22

著者:若月佑孔 / 元ブログ投稿日:2024-10-13

 

 此の様なお話があ-ります。何の本で讀んだか忘れましたが、筋は斯ふです、濠州で立派な政治家で大臣がありました、その人は過去どの様な境遇の人であり、どの様な経歷のある人かは誰も知りません、


 本人自身も、過去をさっぱり思ひ出せない、記憶喪失症で自分の名前すら思ひ出せない、佛蘭西の映画でもありましたね、「心の旅路」と云ふのが、これも記憶喪失の、病院から退院させられた兵隊の物語り、さて、その人は大臣になる、非常に頭の働きの冴えた、そして常識円満の人柄だったので人々の信望を受けて大臣にまでなりました。或る時、その大臣は招かれて、コルク工場を視察に行きました。


 コルクを抱丁で切る仕事は非常にむづかしい仕事であって、熟練工がやる仕事なのでした、その大臣は興味と持ったらしく、抱丁を借りると、サツサツと見事にコルクを切りました。見てゐた人達はその見事な抱丁使いに感嘆しました、大臣も皆に云はれて、ハテ、妙なと更めて、抱丁を持ったがもふゴシゴシやっても切れない。

 あとで判った事ですが、此の大臣が記憶喪失症になるまでは、コルク切りの職人であったのだったと云ふ事でした。最初抱丁を持った時は、過去の経驗が働いた、第二の時はもふ現在の常識が働いたのです、これは性命の一変形と考へられないでせうか。
 

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