それ程”いき”でもないくせに、否、野暮なくせして、俺は小唄が好きだ。唄うんじやない。殿様で聞くのが好き、それでも充分その小唄に溺れる事が出来るから妙である、
浜町や柳橋に自然に放蕩児の様にだんだん此の粋の味が判って来た。十年も前のこと、初めて柳橋に行ったとき、寒い日だった様な気がする、その後、清元の師匠と相合傘で柳の雨の中を歩るいた事があるその前だったと思ふ、兎に角、カランと靜かな花柳界の午后、初めて芸者の御披露目を見たのさ、
大きなまげを結って、左様、人刀車に乗って箱屋と称する中老の翁さんが何か包物を抱えて料亭に這入って行った。ウン、小説の題材さねと一寸考へた。貧乏書生がっつ立って居る、其処へ幼ななじみが今、芸者になる御披露目姿でパッタリ逢ふ、靜かな色町の靜かな晝さがり、好い小説の筆を起す場面になる。こんなことを考へて花柳界の雰囲気を味ひ初めた頃から、小唄の短い口舌と深い情味に溺れ初めた。
