俺、放浪時代にプラプラ立川に行った。此の日は武蔵小金井の駅前の旅館に前日宿をとって、朝早く多摩墓地の両親の墓の前で、霜の中に坐ってお経を上げたのだから、多分二月六日だったろう。立川にはパンパンが居たね、成る程と思った。眼の下の魚臥と言う処が皆眞黒なんだ、性的疲労の顔だ、さて、プラプラ達磨觀法の旗を立てて、街を歩いて、大きな呉服屋に入った。そこの主人公が、さっと立って来て、「さあさあ、休んでゐらっしゃい。良い遊びですね」”ウン”俺は感心して終った。なるほど、遊びだ、これも、此の世の中のあそびだ、これを苦と思うのは業だ。此の世の中を、ウラテカにあそび暮せば良いではないか、女房も子供も、会社の机も、機械も、電車も、そして、事業も商賣もみんな「あそび道具」なんだ。
子供達のオママゴトあそびの様に、無邪気に生活をあそべないものか?お釈迦様の”あそび””あそぶ””あそべ”佛教の法身応身報身に相当するものだと気が付いた。
此の生活全体が”あそび”じやないか、それだのに、事改めて、道楽だの趣味だの云ふのは、”生活をあそべない”下手の横好きのやることではないか。
達人は、毎日毎日が「道楽」の連續なのではないか。
俺は、こう思ったのである。
