男が此の世の中で自分の生き甲斐を感ずるのは、仕事に野心を持つときと、その仕事に没頭する時と、その仕事を理解してくれる人がある時である、
「その希望の事をなさいませ、立派なお仕事です。私にも出来る事はお力そへさせて下さい」とされたら、夫の仕事を理解じないでゐる、夫の希望、意義として居る趣味の様なものでも、その尊さを理解しないで居る妻は完全に浮き上って終うではないか。
ところが、十年一緒に居てデンと落付いて居乍ら、夫の仕事や、希望を理解して居ない女房もあるのだし。夫も生活に追はれて馬車馬になって疲れて終って居るのだ。
「今月はこれだけ不足ですよアナタ!!」
「会社をクビになったらどうします!?」
「課長には何時なるのですかっ!!」
「お向ひの旦那様は課長さんですってね!!」
商人なら、食膳に向ってゐるのに、
「手形の事はどうなさるんです貴方!!」
「誰々さんが来ました、何時返すんですか。」
これでは御飯ものどを通らない。チヨンチヨンも小さくちぢんで終って、大の男が只、アゴを養うために追ひ廻はされて終う。
